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     (’09/9/6〜13)

 

青年ローマ巡礼ツアー
目 的 : 巡礼によって自分自身の信仰を深め、
          得たものを将来の教会づくりに役立てる
日 時 : 2009年9月6日〜13日
訪問先 : バチカン(教皇謁見)、ローマ市内、アッシジ
参加者 : 溝部司教、八木信彦ブラザー、佐々木裕子シスター、青年11名
宿泊先 : 聖ドミニコ宣教修道女会本部修道院
 
*参加者の感想*
   「ローマを振り返って」   薬真寺のぞみ

 9月6日。去年の8月に溝部司教様に誘われてから約一年がたち、ついにローマへの旅が始まった。私は大学4年なので、この時期は実習や就職活動、卒業論文で忙しくなるのがわかってはいたが、このような機会はもう二度とない!と思い、参加することを決めた。

 メンバーはみんな私より2・3歳年下であったし、私はグループのリーダーを任されることになっていたので、みんなと仲良くなれるか、うまくまとめることができるかといった不安の方が期待よりも大きかった。だから、集団ということをあまり意識せず、カトリックの総本山であるローマの教会でたくさん祈って自分と向き合おうという思いを持って出発の日を迎えた。

 滞在中は午前中から夕方にかけて、コロッセオ、フォーロロマーノ、バチカン、サンピエトロ大聖堂、聖パウロ教会、アッシジなどを回り、夜はドミニコ会の本部でシスター方と夕食をいただき、毎晩みんなで振り返りを行った。みんなで同じところを回り、同じものを見て、同じものを食べ、同じミサに与った。同じ体験をしたのに夜の振り返りでは、「へぇ〜なるほど、そんなことを考えてたんだ!」と思わされることがたくさんあった。移動中もいろいろな話をした。一人で祈ることができたらと思ってきたけど、みんなで感じたことを共有しながら一緒に祈ることで、より自分と向き合えることができたと思う。今回の旅で人との出会いの良さ、みんなで祈ることの良さを改めて実感することができた。

 今回このような旅ができたことは決して当たり前のことではない。金銭面で援助してくださった方、宿泊先を提供してくださったドミニコ会のシスター方、家族、一緒に旅をしたメンバー、そして霊的同伴者である溝部司教、ブラザー八木、シスター佐々木の存在や働きがなければこの旅は成り立たなかった。この恵みを次の世代につなげるために、約2ヵ月後の10月31日にメンバーが集まり、振り返りと、どのように次の世代に伝えていくかというミーティングを行った。みんなが一生懸命考えていた。私はこのメンバーで旅が出来たことをとても嬉しく思う。このメンバーに出会えてよかった。

 今回私たちは良き霊的同伴者の方と旅をすることで、恵みの多い旅を送ることができた。今度は私たちが良き霊的同伴者となって支えることで次の世代の子にもたくさんのものを体験して感じて欲しいと思う。
 
   「ローマ巡礼」   高田康信

 今回のローマ巡礼は自分にとってかけがえのないものだった。美しい景色や教会などもそうだが、やはり毎日のミサや分かち合いというところが僕にとって満たされていた瞬間だった。様々な教会に行く中で、改めて自分の生活や過去や未来について深く考えることができた。ジェズ教会に訪れた際、日本の殉教の絵が展示されていたが、改めて昔の殉教があったからこそ、今自分たちがいるのだろうと思った。 バチカンに訪れた際は、改めてカトリックの総本山を見ることで、改めてカトリックの素晴らしさに気付いた。それはやはり、神様の愛であったり、聖霊であったりなど様々であるが、僕が一番感じたことは、聖霊の力が働いているということだった。多くの歴史的建造物があり、それが今でも多く残っているということは、やはり聖霊の力が働いているのだろうなと感じた。地下に歴代教皇様のお墓があり、多くの人が訪れていたが、特に多くの人がいたのは、ヨハネパウロ2世だった。多くの花やメッセージカードが亡くなって4年以上経ったにも関わらず、届けられていた。やはり、多くの人に愛されていたのだなと改めて感じた。また、どの教会もやはり、聖堂自体が美術館のようで、多くの観光客で賑わっていました。様々な芸術家がこのようにして、カトリックというものを表現しているのだなというのを多く感じ、神様はひとりひとりに大切なお恵みをその時に応じて与えてくださるのだなと改めて考えるよい機会となりました。また、アシジにも訪れて、アシジの聖フランシスコの生き方についても考えることができました。

 ローマの青年と一緒に話をする機会もあったが、信仰についてなどを話していく中で、日本の信仰のよさということも感じることができました。日本のカトリック信者は人数は少ないが、信仰を温める機会はとても多く、カトリックというつながりはとても深いと思った。改めて自分がカトリック信者でよかったと思えた。

 今回のローマ巡礼をを通じて何か一つが変わったというわけではなかったが、変わるきっかけは多く与えられたと思った。この機会を生かすも殺すも自分自身だと考えるので、与えられたお恵みを生かせるようにこれからも日々を過ごしていきたい。
 
   「ローマ巡礼に参加してみて」   河合恵

 9月6日から9月13日まで司教様とブラザー、シスター、青年たちの総勢14名でローマ巡礼に行きました。 今回の巡礼は早い段階から司教様をはじめ、数名の青年で計画を立てました。それは、今回の巡礼をただの旅行で終わらせるのではなく、今後の青年活動や日本の教会のために生かしたいという司教様の強い願いがあったからです。そのため、どこに行き、具体的に何を見なければならないかを準備の段階でしっかり考えてきました。

 いざ、ローマに着くと日本とは全く違う文化を目の当たりにしました。そして巡礼の宿泊場所として泊めさせて頂いたドミニコ会の修道院に着くと、たくさんのシスターが温かく出迎えてくださり、自分たちは本当に恵まれているなと感じました。

 私はローマ巡礼でただ建物を見るのではなく、何かを感じ取りながら見ようと決めて参加しました。ローマ四大教会、サンピエトロ大聖堂、アシジなどを巡礼して感じたことは「人間は小さいな」と「神様は凄いな」という単純なものでした。全ての建物が素晴らしく、神様がなさる技は人間が測ることが出来ないもので、神様の前でいかに人間が小さいのかを実感させられました。また、このような物をお造りになる神様は本当に凄いなと感じました。本当に単純ですが、神様が私に伝えてくれたメッセージはこれだと思っていますし、ローマに来なければこんなことは感じられなかったと思います。

 巡礼中、ローマの神父様や青年と分かち合う時間があり、自分たちが抱えている問題について話し合いました。日本では子どもや青年が教会から離れているという問題がありますが、カトリックの総本山であるローマではそんな問題は無いと思っていました。しかし、分かち合いを進めるうちにローマの青年も教会に行っていないと知り、青年たちが乗り越えていかなければならない壁は世界共通なのかもしれないと思いました。また青年たち以外に、毎日一緒に夕食を食べたシスターたちと話しをして、たくさんの人と関わることが出来ました。

 また、ローマ巡礼中は毎日寝る前に分かち合いをして、その日一日それぞれが感じたことを話しました。同じところに行っても感じているものは全く異なり、仲間からの言葉で自分が見落としていた所を見つけることが出来ました。

 あっという間に一週間が過ぎ、日本に帰り今回の巡礼を振りかえってみて、今後の活動にどう生かせるか自分なりに考えてみました。一番に想ったことはこれから青年になる高校生たち経験してもらいたいということ、同じように後に続く子どもたちにもつなげて欲しいということです。そのために私は自分が伝えられることは伝えたいと思っています。

 今回の巡礼は司教様をはじめ、高松教区のみなさん、小教区のみなさんがご協力して下さったので実りあるものとなりました。本当にありがとうございます。私が受けた恵みを自分だけに留めず、教会に返していけるように今後も活動したいと思います。


   「ローマの振り返りをして≪IN塩江≫」

 ローマから帰ってきて1ヶ月経ち、落ち着いてローマ巡礼について振り返ることが出来ました。振り返ってみると、まず一番に「ローマ巡礼はとても素晴らしく、ぜひこれから青年になる人たちにも参加してもらいたい!!」と感じました。

 そのために、私たちが出来ることは「ローマの素晴らしさを伝えること」だと考え行動に移ろうとしています。これからの青年たちがローマ巡礼を通して、青年活動に力が注ぎたいと思えるように頑張りたいと思います。
 
   「ローマ巡礼」   三木みどり

 9月6日から1週間、溝部司教様とともにローマ巡礼の旅に参加させてもらいました。

 私だけ未信者で、一緒に行く青年たちは全員知らない人。最初はすごく不安でしたが、みんなすごくフレンドリーでとりあえず一安心。しかし、ローマの修道院に着いてミサが始まると、みんな一気にお祈りモード。数回しかミサに行ったことのない私は、独りあたふたしながら少し孤独を感じ、やっぱり私は信者のみんなとは違うんだと思ってしまいました。でも、みんなと宗教やいろんなことについて話をしていると、同じことを感じていたり、疑問に思ったりしていました。それを聞いて、そんなに自分と変わらないかもと思えてすごく嬉しかったです。そう思えるようになったことが旅に参加して一番変わった所かもしれません。

 この旅で、また絶対帰ってきたい、できれば住みたい!と思ったのが、アッシジでした。街全体がピンクっぽくてやさしく、平和で包まれている感じ。幸せという感情で満たされ、ここでならストレスフリーな生活が送れそうな気がしました。

 毎晩した分かち合いや、たくさん歌を歌ったことが私にとってすごく良かったです。みんなと感じたことを共感したり、自分が考えていなかったことを他の人が考えていて、それに感心したり、歌でみんなが一つになったり。それってすごくステキなことだなぁって思いました。きっと普通の観光なら、ただ見て終わりだったと思います。でも、今回の旅は、いっぱい考えたり、感動したりしました。みんなではしゃぐ時にはワインを片手に思いっきりはしゃぎ、真剣になる時には真剣になる。そのおかげで、この旅がより中身の濃いものになったと思います。こんなすばらしいメンバーに出会えて、すばらしい経験ができて私は、すごく幸せ者だと思います。

 この旅に関わってくれた司教様、ブラザー八木、シスター佐々木、ローマのシスターたち、両親、すべての人に感謝します。グラッツェ!!


 10月31日、11月1日のローマ巡礼のの旅の振り返る会に参加し、巡礼の旅を改めて振り返ることができました。今回の会を通して、後輩のため、未信者の子たちのために巡礼の旅を伝えていかなくてはいけないと強く思えるようになりました。

 みんなで分かち合いをした時に気づいたのですが、巡礼の旅に行ったことによって、より積極的になれたような気がします。巡礼の旅に一緒に行った青年たちはみんな知らない人たちでした。しかし、たった1週間だったのに、すぐに仲良くなれたし、深い話までできる仲になることができました。 いい出会いがあると知ることができたので、知らない人の所へ飛び込んでいくことにそんなに勇気がいらなくなりました。大阪の教会に行くことができたのも、この旅のおかげです。

 夜のお祈りで、ロザリオのお祈り?をした時に、私はほとんど聞いたことがなかったので、一緒に祈ることができませんでした。しかし、ローマでそういう状況には慣れていたので、その時もみんなが祈っている言葉をじっくり聞いたり、印象に残った言葉について考えたりしていました。前は分からなくてオドオドしてしまっていたけど、今は落ち着いて聞くことができるようになりました。

 巡礼の旅でたくさんの良いものを得ることができたので、私には大きなことは出来ないかもしれませんが、後輩のために出来ることを一生懸命頑張りたいと思います。
 
   「信仰を強めたいと実感」   野村愛

 私は、青年11名とシスター佐々木、ブラザー八木、溝部司教様の計14名で9月6日〜13日までイタリアに巡礼に行きました。今回の巡礼ではローマ到着翌日から4日間でいろんな場所を巡り、毎日その日感じた事を分かち合っていきました。その分かち合いでは自分では考えもしないような事を同世代の参加者から聞くことが出来、とても意味のある分かち合いをすることが出来ました。

 また、他にもローマ大学の学生の方と交流する機会もありました。この交流で私は今まで、イタリア人は信仰が強い方が多いのだと勝手に思っていました。しかし、実際は半分程度の人しか信仰を持っていないということを知りました。そしてその時にローマの若者の意見で、信仰を持つことは周りの人は関係なく、自分がしっかりしていることが大事だ、とありました。私は今まで、日々の大学生活で無宗教者に囲まれながら自分の信仰を強めていくことは難しいと思っていたので、その考え方が大きな間違いで、さらに環境に甘えた考えだったと思いました。また、信仰を強めるものは経験だという意見もあり、今まで私は青年の活動に参加していなかったので、参加しないことで同時に信仰を強めるきっかけも失っていたのだと気付かされました。けれど、この巡礼に参加することで、以前より信仰を強めたいという考えが生まれたことも実感することができました。このように、同世代の若者と1週間、様々な場所へ巡り、日頃考えないようなことを毎日考え、そして分かち合う事で様々なことに気付かされ、視野が広がり、沢山のことを学ぶことが出来ました。

 今回の巡礼は様々な方から協力していただき、成り立つことの出来た巡礼でした。溝部司教様、ドミニコ会シスター、シスター佐々木、ブラザー八木、土屋神父様、そして皆様。本当にこの巡礼に参加できたこと、そして学びあるものにでき無事に終えることが出来たことに感謝致します。ありがとうございました。
 
   「2009年 青年ローマ巡礼を終えて・・・」  sr. 佐々木裕子

 なつかしいローマの姉妹たちがいる我修道会本部を拠点にこの9月、青年たちとローマ巡礼を行った。高松教区にとって、さらに一歩前進した企画となった。カトリック教会の心臓部バチカン、4大バジリカを始め数々の教会、教会の歴史を見ることのできる遺跡巡り、教皇謁見やローマの青年たちとの交流、そしてアシジ巡礼と、短期間ではあったが、カトリックの豊かさを味わうことができた。ピザやパスタ、ジェラートも・・・!

 青年たちの喜びや感動、新たな気付き、道々の語り合いや夜の分かち合いに同伴しつつ、「私の役割は何だろうか」とも考えた。一緒にローマに浸っているわけにはいかない。

 イタリアやスペインの地では羊の群れや羊飼いを見ることができる。たくさんの羊たちの後ろの方で右に左に走る犬の姿を思い起こした。私はあの犬の役だったのかなあ?大切な羊たちが群れから離れないよう、危険に際してはワンと吠え、羊飼いの導きによりよく従えるよう、微妙な指示を与え、羊が羊飼いと憩っているときはひと休み・・・そんな犬だったのかなあ。パワフルな羊たちにもまして羊飼いである司教様はさらにパワフル!愛おしい青年たちに対する情熱は並ではない。毎日の夜の分かち合いを終えると犬である私は“元気限界”の域に入り、皆より一足先に群れから離れていた。そんな私に司教様は、「青年たちに同伴するということはなんでもかんでも一緒にすることではない」と諭し、犬への気遣いもしてくださっていた。この群れにはもう一匹の羊ブラザーも同伴。この同伴者はまた違った役割をもっていた。ローマ巡礼という機会に「青年たちに同伴するということ」について共に考えながら、霊的同伴者であるためには・・・を模索しようとしている。犬のような役割もあっていいし、彼らが信仰に成長していくための単なる小さな添え木であることも必要なことなのかもしれない。羊たちが群れになって羊飼いに従い、共に困難を乗り越え、新しい小羊たちを迎え入れながら成長していけるように、そっと寄り添っていることが大切なのだと気付かされつつある。
 
   「発見」   ブラザー八木信彦

 権威・権力のために、人間が最大限の力や能力で表した建造物、像、モニュメントが集中する父性的なローマ…。そこでは弱さや小ささを拒絶してしまう何かが存在する。対照的に、田園地帯にたたずむ穏やかで母性的なアシジ…。そこでは同じ偉大な建造物、像、モニュメントにも優しさや単純さが感じられ、貧しさや至らなさを受け入れてくれるようだ。

 「神さまはどちらを喜ばれるだろう」真剣に考えた。個人的な答えは絶対「アシジ」である。でも考えていくうちに出てきた最終的な答えは「両方」である。大切なことは「どちらが」ではなく、「どのように」であることに気が付いた。権威、権力、お金、地位、能力…、とかく否定的に使われやすい言葉だが、それ自体は良くも悪くもないニュートラルで、それらをどのように使うかによって良くもなったり悪くなったりもするのだろう。優しさや貧しさだって悪い方に使うこともできる。それらの使い方を私たちは神さまに問われている感じがした。

 そんな父性的なローマで発見したもの。それは「昔と今との共存」である。昔を生かしながら今風を作るやり方である。古代ローマと現代ローマが素晴らしく調和している。石で造られた古い建物の中で最先端の流行ものが売られている。どうやら日本は昔を壊しながら今を築き上げてきたようだ。温故知新という言葉があるが、建物だけでなく、考え方や価値観までもがそうしてきたのではないだろうか。

 でも何よりも一番大きな発見は、日本から一緒に行った青年やローマで出会った青年たちそのものである。今回移動の道中で、青年一人ひとりとの深い関わりを持つことができ、そのときや日々の分かち合いの中で、生きることが難しいとされている今の社会で、信仰を土台にしながら健気に生きているその素晴らしさを、彼らの中に見いだすことができた。そんな青年の「真の同伴者」になれたらと心底願うことができた。そんな自分自身を発見することもできた。それは今回ローマツアーの最大のお恵みである

 

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