レポート>高松教区青年・高校生の集い
     (’08/6/7〜8)

 


テーマ: Martirio-Testimonio〜証人になろう
場所 : 愛媛県松山市北条 セミナーハウス    
2008年6月7日(土)8日(日)
列福記念ローソクリレーミサ
ローソクリレー
岡山から聖火
「証し灯」ランナー到着〜!

溝部司教様
見て〜〜〜〜!
高松教区青年・高校生の集いの感想
 今、日本の教会の青年達は11月の列福式に向けて、ローソク「証し灯」を各教区に回してローソクリレーを行っています。同じ思いでミサを捧げ、バインダーに寄せ書きをして次の教区へと回すのです。
 今回の高松教区の青年&高校生の集いの中では、このイベントが含まれていました。そのためテーマは「証し人になろう!」で殉教について学び、考える機会としました。また、この夏に行われるワールドユースデイinジャパンの典礼について考える時を過ごしたり、北条の地にある殉教跡地やキリシタン墓を巡ってみたり、班別対抗パエリャ&トルティリア作りに挑戦したり・・・さまざまなメニューが盛り込まれ2日間は忙しく、楽しく、おいしく、そして多くの出会いと学びの時でもありました。ここに参加者の感想を紹介しましょう。


◎増田絵凡
とにかく楽しかった!!!!!
新しい出会いもありたくさんの仲を深められてみんなに出会えてよかった!!!!
「集い」っていうのに出会えてよかった!!

◎大田葉子
ちょー楽しかったです。沢山、友達ができました。

◎窪中彩乃
私は今回高松教区の集いに初めて参加しました。
今回の集いは高校生と青年の集いという事で、年上の方がいらっしゃいましたが、気軽に話していただいてとても楽しかったです。特に私は誕生日に参加したので皆さんにお祝いしてもらってすごく幸せな気持ちになりました。

◎寺尾由香里
共に考え、共に学び、また新たな出会いに恵まれ、人との繋がりが感じられました。これからも仲間を増やし、キリストのもとに歩んで行けますように。
☆殉教者についてサンティアゴ神父様・佐藤神父様よりお話
◎森本みすず 「この時代に生きて・・・」
 証人になろうをテーマに殉教者について考える、青年と高校生の集いが愛媛県で開催されました。
 私は正直、殉教という言葉はあまり好きではありませんでした。なんだか暗いイメージがあるからです。今でさえ、日本ではキリスト教が普及しているとは言えませんし、学校の授業にも出てくるくらい歴史に刻み込まれたキリシタン弾圧という時代もありました。
 しかし、殉教者について考えるということはどういうことなのでしょうか。キリストの教えを頑なに守り、その為に命を落とした多くの大人や年端もいかぬ子どもたちを思うと胸が痛むし、そこまでできるなんて凄いな…とただ素直にそう感じるばかりです。でもその反面、そういう時代だったから…と思う気持ちもあるのです。
 よく、戦前、戦後を生き抜いてこられた方が『今の人たちは贅沢だ。戦時中は食べるものもなく、生活も貧しかったけど、どんなに苦しくてもがんばって生きてきたものだ』と言われるのをテレビで見ます。しかし、それは戦時中という時代があったからだと思います。今の私は毎日を必死で生きてるとは言えないけれど、もし、戦時中に生まれていたら、今よりもっとがむしゃらに生きていたように思います。
 今は教えを守り通して、殉教するというような時代ではありません。今の世の中で殉教するということを私は想像できません。
 そんな思いで話を聞いている私に佐藤神父さまは、今の時代で殉教することの意味を教えてくださいました。殉教とは『(教えに殉じて)死ぬこと』に重点をおくのではなく、むしろ『生きること』に重点をおくのだと。
 生き続けることは難しいと神父さまは言われました。それは、今の時代を生きる私たちには心底感じることだと思います。そして、生きるということはただ生命を繋いでいくということではないということです。神様の教えを布教するというよりは、教えを生きるということ。そうは言っても、私を含め、それを素直に行っている人はそんなに多いとは思えません。人間だから、弱い自分に負けてしまう時も多々あります。神父さまの言う今の時代に沿った殉教の道は、難しいのです。
 そこで、さらに神父さまはこう付け加えられました。『与えられた環境で、自分の命を使っていくことが与えられた使命を知ることだ』と。
 私はよくこの『使命』という言葉をミサや勉強会、直接、ブラザーや神父さまに繰り返し聞かされていました。しかし、どこかピンとこないのです。それどころか、日常の煩わしさやしんどい人間関係の渦中にいると『使命』なんてものが本当にあるのか疑わしく感じていました。でも、この神父さまの話を聞いてようやく納得できたように思います。
 何でも簡単に得られるものは、簡単に壊れていくものです。でも、本当に自分の命を使って得たものは、それが必ず実となって自分を創っていくだのと思います。
 こうして私は昔の殉教者を想いながら、今の時代にあった『殉教』を感じることができたのです。しかし、これからそれを生かしていくのは自分次第。こう決めたのだから、こう生きていこう!と簡単に続けられるほど人間は強くないと思います。
 ただ、日々弱い自分と向き合っていくことを忘れてはいけないと思うのです。
☆パエリャ&トルティリアに挑戦

パエリャは蒸中!
菅信貴
 久々に教会の青年たちの集いに参加させてもらった。途中、過呼吸を起こしてしまい、パエリアをみんなで作ることが出来なかったのは残念!皆さんには迷惑をかけてしまったが、パエリアを食べて、すぐに元気になれて、多くの青年たちとたくさん語り合えてよかった。また、岡山からローソクを持ってきてくれた子供と一緒になってはしゃぐぎ、久々に童心に返った思いだった。何よりミサの中で、八木ブラザーと一緒にギターが弾けたのはうれしかったなあ。普段はギターを独自で弾くことが多くまたこのようなかたちでギターを弾くことができたらいいなと思った。この2日間、有意義な時間が過ごせ事を感謝したい。

◎石橋章洋 「ほんとに久しぶりに青年の集いに参加して・・・」
 今回は証し人になろうというテーマで聖カタリナセミナーハウスをかりて高校生と一緒に集ってきました。
1日目は予定していた集合時間を(葬儀の為)大幅にズレて現地入りしました。着くと早速夕食の準備をしていたので、自分たちも加わり夕食をつくりました。作っている時の雰囲気は、みんな和やかで明るい感じで、自分もその中に居れてとても良かったと思います。夕食の後一気に片付けて、ハウスの説明を受けて神父様の話しの後入浴、そしてもう一度集まって聖霊について分かち合いました。火、水、風を取り上げて色々な意見がでました。例えば火は熱いとか水は冷たい、風は涼しいなど…。考えてみると、自分にとってその3つは全部癒しの力が有るように思います。
2日は佐藤神父様に殉教について教えてもらいました。殉教とは[教えに殉じて生きること]生命、使命、召命この3つを生きる事だと言っていました。凄く難しい事だと思ったけど、自分はこれについて分かち合いたかったです。帰りに車のなかでこの話が出てきて、自分は使命や召命はなんとなく出来ていると答えたけど生命については、自分の事あまり好きじゃなかったり大事に出来てなかったりすると答えた。考えてみたら生命がなりたってないと後の2つもなりたたないんじゃないかなぁ??というところで終ってしまいました。結論としては3つともダメかなぁ……って感じです。
 でも、今回の集いも自分にとって心に残る良い集いだった事は間違いないと思います。
☆WYDの派遣ミサ・典礼を考える

聖霊と証し人について
◎井上貴世 「高校生・青年の集いに参加して〜生きることについて考える〜」
 毎回のことだが、集いに参加することで多くのことを見て、感じて、それによって新たな価値観を持って帰れるような気がしています。
 今回の集いでは佐藤神父様が話してくださった“殉教とは生きること”ということがすごく心に残っています。私は果たして、自分の命を精一杯生きているのだろうか、と。
 苦しいとき、どうしても私は楽な道を選ぼうとします。それは私だけではないかもしれませんが。よく考えると逃げることは簡単です。しかし、その苦しいことが自分に与えられた1つの“使命”かもしれないのに。
 社会人となって3年目、何となく毎日を過ごしてきた私だが最近考えることがあります。今の私は本当に自分のしたいことが見つかっているのだろうか。神様が示してくださった“召命”とは何だろうか。学生時代に福祉を専攻し、現在対人援助職をしているが何となくしっくり来ないことがあります。
 “使命”も“召命”も自分の命を精一杯生きなければ存在しないのではないでしょうか。となってくると、今の私に必要なことは自分の命を生きること、すなわち“生命”が最も重要な気がしています。
 元来、人と関わることは嫌いなほうではありません。どちらかというと私は人が好きだと思っています。それで選んだ福祉関係の仕事なのです。そしてたくさんの人とコミュニケーションを図りたいと思って始めた手話なのです。そうなったとき、自分の使命を考えると“人と関わること”なのかもしれません。しかし、何らかの問題を抱えた人たちと関わっていくにはまず、自分が精一杯生きなければならないと思います。
 今回、私は“自分の命を生きる”という新たな価値観を得ることができました。
実際のところ、私は今回の集いに参加しようか迷っていた部分もありました。仕事が忙しくなり、精神的にも不安定になりがちな自分。しかし、今となっては参加してよかったと思っています。たくさんの出会いがありました。救われる言葉もありました。そして、その中にきっと神様はいたのだと思える自分がいます。
 最後に、準備をしてくれた松山の方々に、いろいろなことを分かち合えた仲間にお礼を言いたいと思います。今回の出会いを大切にし、次へと繋げていきたいです。
 “生きること”は決して簡単ではありません。また、人はひとりでは生きられません。多くの仲間がいて、支え合って生きているのだと思います。そのことを再認識することができました。新たな出会い、そして久々の出会い、全てのことに感謝の気持ちでいっぱいです。
 本当にありがとうございました。
☆レクリエーションと夜のひととき
山下真美(坂出・聖マルチン病院)
 今回、この研修に参加してとても多くの事を学べたように思います。初めての参加で「どんな所なのか・・・どんな方々が来るのだろう?」と不安と緊張で一杯でした。セミナーハウスに到着すると担当スタッフの方が飛びっきりの笑顔で迎えてくださり、一気にその思いは吹き飛びました。
 仕事をしているとなかなか出会いも少なくなりがちですが、青年の集いでは高校生から大人まで幅広い年齢の方々が参加していたので、いろんな方とお話が楽しめたのでよかったです。また、2日間という短い期間ではありましたが内容も盛りだくさんで、充実していたように思います。
 サンティアゴ神父様のお話では、初めの導入部分で音楽にのせて子ネコのかわいらしい写真を上映して下さりとてもよかったように思います。キリスト教信者のポイント、特徴として『Do not afraid(恐れるな) Courage(勇気) Patience(待つ事と忍耐) Fortitude(剛毅)』とあげていましたが、誰しも人生を生きていくうえで大事なポイントになるのではないかと感じされられました。
 佐藤直樹神父様のお話では、「殉教」=「生きること」それが殉教者のメッセージと話されていました。また、命についても考えさせられ、@自分の命を生きる(生命)A自分の命を使っていく(使命)B神様は私をどのような命にお召しになっているのか(召命)と3つの事をあげていましたが3つとも実際に生きてみないと理解できないことであり、今人生を生きている中で体験しているのだろうなあと思いました。1番心に残ったのが「死ぬことが案外簡単で、生きて人生を全うすることは大変である」という言葉です。死については仕事でもターミナルケアで身近な所で、死についてまた生きることについて考えさせられる場面が多いのでなるほどなあと共感したり、自分自身も一生懸命生き抜くことで大切さやその大きさに気づかされるのではないかと思いました。
 最後に、最終日にはミサに参加でき、患者様の中にも日曜日はミサに参加している方がおり、どんなことをミサで行っているのか実際に体験できたのでよかったです。これからの人生、大変な事もたくさんあると思いますが、何事も一生懸命取り組んで、感謝を忘れず、1日1日を大切にしていきたいと思いました。本当にありがとうございました。
☆ミニ巡礼の旅に・・・キリシタン墓・北条殉教跡地へ巡礼

佐古の「佐古群落墓地」

柳原の「弥右衛門の殉教地」と弥右衛門地蔵堂
◎奥山恵美
 私は7,8日に「証し人になろう」というテーマの青年の集いに参加して初めはどんなものか分からずちゃんとできるかなと不安だったけど、信者の皆さんが優しく接してくださり楽しく2日間を過ごすことができました。
 自己紹介、オリエンテーションが済んだ後、皆さんと夕食を作り「パエリャとスペイン風のオムレツ」を作りました。同じ料理を作成することで協力して交流を深めることができました。
 夕食後はサンティアゴ神父様のお話「証し人とは・・・」というお話をしていただきました。その中でも一番私は「自分の務めを全うすること」というのが心に残っています。、最近は事件が多い世の中ですが、イエス様は自分の務めを精一杯果たして亡くなられた。今の私にできることは何だろうかと考えさせられました。今の私ができることは患者様の側にて何かの役に立つこと。話を傾聴するでも良い。食事介助をするでも良い、入浴して清潔を保持していただくでも良い。その日一日患者さんが安楽で「今日も一日良かった」と思い過ごしていただけるよう援助できるようになりたいです。「ただ一日終わった」ではなく、その責務を果たせる証し人になりたいです。
 食事の時、シスター合田が私に食前のお祈りをさせてくださいました。「父と子と聖霊のみ名によって、アーメン」今までは食事をするのが当たり前と何気なく思っていたけれど食事は命をいただき、その食事の糧は私達の力となり、その力を今日一日患者様に捧げるということ・・・。
 短い間でしたが普段では経験できない聖カタリナセミナーハウスの立派なチャペルでのミサ、シスターや神父さま、いろいろな方との出会い、お話を聞いて今あるものに感謝をし、患者様の役に少しでも役に立てるような介護人になりたいと改めて思いました。
 証し人になろう!青年の集いに参加できて良かったです。聖マルチン病院に就職してこんな風に学ぶことができました。研修に行かせていただき本当にありがとうございました。
☆「証し灯」を囲んでローソクリレーミサ

われらのテーマソング”フレンズ”は
いつも手話で・・・!

 
 

殉教・・・それは精一杯生きること!
◎門田啓
 自分は今回の集いに参加して、良かったと思います。一日目は北条のセミナーハウスに集まり自己紹介やオリエンテーションで仲を深め、夜ご飯はグループに分かれてスペイン料理のパエリアとトルテリィアを作り美味しかったです(笑)その後、殉教者について勉強しました。二日は掃除をして、また殉教について勉強して北条の殉教地を巡りました。それからセミナーハウスに戻ってミサを捧げました。今回は殉教者列福を記念して全国を廻っている「証し灯」を囲んで殉教者についてのミサでした。最後に今回は準備は大変だったけど、沢山の人と交流できたし、いいものだったと思います。今回、手伝って下さった方々、また場所を提供してくださた聖カタリナ高校に感謝したいと思います。本当にありがとうございましたm(__)m

◎桑田高明 「高校生・青年の集いを担当して」
 この度、6月7日〜8日の2日間に渡り、教区の定例行事である高校生と青年の集いを、ここ愛媛の北条セミナーハウスにて、四国各県の方々を迎えて開催させて頂きました。
 この集いは元来、若き信徒達が互いに親睦を深め合い、共にキリストの道を歩む者としての喜びを分かち合う と言う事を念頭に、後は各々の知人や共同体への考えに基き、比較的自由な目的意識で交流を楽しんで貰うものであると思います。
 ただ、本年は188殉教者の列福式が日本で執り行われる事もあり、「martirio testimonio(殉教者を証しする)」と言う主題を集いの明確な意識・行動目標として設定し、これを軸にプログラムの決定などを行わせて頂きました。
 内容は多岐に及びましたが、神父様方の講義や殉教者の碑巡りからは、我々の信仰の先達の歴史を、また我々が「現代の殉教者」として生きる為の手掛かりを、食事作り、各種レクリエーションなどの共同作業からは全員が一つの目標・思いの元に一致する重要性を、それぞれ参加者の方々に感じ取って頂けたのでは無いでしょうか。
 また、長崎に始まり全国各地を巡る「証し火」のリレー、それに用いられる蝋燭の受け渡しも同時に行われております。
 集いの締め括りは、その灯火を囲みながらの歌ミサであり、皆が一丸となって、喜びと祈りの内に会を終える事が叶いました。
 私自身初めての行事の担当という事もあり、進行に不手際な部分もありましたが、この会での様々な出会いそのものを通し、参加者の方が何らかの形で気付きを得、またそれを各々の共同体で生かして行く前向きな意思を持って下さっていればと願う次第です。
 最後に、この集いの開催に当たり御助力頂いた皆様に、この場を借りて心より感謝申し上げます。
ローソクの炎は四国の地で若者ひとりひとりの心の灯火となりました。各地の思い、志しを受けたこの「証し火」が次なる東京の地でもその役目を果たすことができますように・・・
                         東京へバトンタッチ!

 

写真集

パエリャ&トリテリア作り

殉教者について考える

殉教とは生きることなんだ!

レクリエーション

WYDの典礼を考える

お誕生日のふたり

夜のひととき

高校生の部

岡山より手渡しで「証し灯」ローソクバトンタッチ

北条・佐古のキリシタン墓
柳原殉教地ミニ巡礼

弥右衛門地蔵堂
 
海岸でお弁当!みんな満足!
平和の語り部

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